事業用不動産の売買契約書は、法人であればたいていはひな形や決まった書式を埋めていくだけという側面が強く交渉のほうがメインな感じはありますが、その背景を理解していることがとても大事です。
契約書の大きな役割として、DD(デューデリジェンス)で確認した権利関係、賃貸借契約関係、建物、遵法性、収支等のリスクについて、誰が、どの範囲で、いつまで負担するかなどを定めています。
仕入担当者が契約審査を法務担当者へ任せきりにすると、DDで把握していた問題が契約へ反映されないことがあります。反対に、あらゆるリスクを売主(売る場合は買主)へ負わせようとすると、売主の合意を得られず、時間ばかりかかってしまったり、信頼関係に影響があったり、場合によっては案件自体を失ってしまう可能性があります。
実際には、取得判断の前提を壊してしまうようなリスクだけは契約で押さえ、それ以外について、たとえば価格や取得後の対応などで引き受けたりと柔軟にアプローチしていきます。
賃貸借契約の確認は「賃貸借契約DD|普通借家・定期借家・解約条件の確認方法」で整理しています。
売買契約で決めること
不動産売買契約では、主に次のことを決めます。
①何を売買するか
②いくらで、いつ支払うか
③決済までに売主と買主が何をするか
④売主が何を保証するか
⑤問題があった場合に誰がどこまで負担するか
⑥どのような場合に決済せず、または契約を解除できるかなど。
取得担当者は、契約書を読む前に、このような項目について自社の希望と譲れない条件を確認します。
DDと契約を接続する
契約審査の前に、DD指摘事項を落としこみます。
| DDの結果 | 契約上の処理 | 例 |
|---|---|---|
| 決済前に解消できる | 前提条件・売主義務 | 抵当権抹消、未払金精算、必要書類取得 |
| 売主に保証してほしい | 表明保証 | 未開示契約・紛争・滞納がないこと |
| 発生時の費用を負担してほしい | 支払・補償 | 決済前原因の税・訴訟・未払費用 |
| 物件が契約内容と違う | 契約不適合責任 | 種類・品質・数量の不適合 |
| 発生すると取得前提が崩れる | 解除・決済拒絶 | 重大な事情の変更、発覚、前提条件不成就 |
| 買主が引き受ける | 価格・取得後対応 | 既知の修繕、空室、承認済みCAPEX |
一つの問題に複数の処理を組み合わせることもあります。
例えば、未是正の消防法指摘について、決済前の是正を売主義務とし、是正完了を決済の前提条件にし、売主が提出する資料の正確性を表明保証の対象にするというようなこともあります。
売買対象を確認する
A|土地・建物
- 所在・地番・家屋番号
- 地目・地積・床面積
- 持分
- 附属建物
- 未登記部分
- 越境物・工作物
- 境界・測量の扱い
登記上の表示だけでなく、現況と売買対象が一致しているかを確認します。
B|付属物・設備
- 空調・受変電・給排水設備
- エレベーター
- 看板・造作
- 防犯・通信設備
- 備品
- テナント所有物
- リース物件
建物に設置されていても、売主所有とは限りません。所有権、リース契約、保守契約の承継を確認します。
C|契約・権利義務
- 賃貸借契約
- 敷金・保証金返還債務
- 管理・清掃・警備契約
- 点検・保守契約
- 駐車場・看板・アンテナ契約
- 近隣との合意
- 行政との協議・届出
物件と一緒に引き継ぐ契約と、売主が解約する契約を分けます。
売買代金と決済条件を確認する
A|代金の内訳
- 土地価格
- 建物価格
- 消費税
- 手付金
- 残代金
- 精算金
土地・建物按分は、会計・税務・減価償却・消費税へ影響します。社内収支と契約書の金額を一致させます。
B|手付金
民法上、買主が売主へ手付を交付した場合、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主は手付を放棄し、売主は手付の倍額を現実に提供して解除できるというルールがあります。ただし、契約で異なる定めを置くこともあります。
事業用不動産では、次を明確にします。
- 手付金の性質
- 手付解除の期限
- 履行着手との関係
- 違約解除との違い
- 手付金を預託するか
買主は、契約締結後も売主が自由に手付解除できる設計でよいかを確認します。
C|精算
- 固定資産税・都市計画税
- 賃料・共益費
- 水光熱費
- 敷金・保証金
- 管理費・保守費
- 未収・未払金
基準日、日割り方法、入金後の帰属、未確定額の処理を定めます。
決済の前提条件を確認する
前提条件は、満たされない限り決済義務を発生させない、または決済を実行しないための条件です。
A|売主側の前提条件
- 所有権移転登記が可能である
- 抵当権等の負担を抹消できる
- 必要書類が提出されている
- 表明保証が重要な点で真実・正確である
- 売主義務への重大な違反がない
- 重大な物件毀損・行政処分がない
- 合意した是正・契約整理が完了している
B|買主側の前提条件
- 残代金を支払える
- 社内承認を取得している
- 必要な届出・許認可が整っている
- 表明保証・契約上の義務に違反していない
C|融資条件
融資承認を前提条件にするかは、案件と交渉力によって異なります。
融資特約を付けない場合、融資が実行されなくても買主の支払義務は残り得ます。そのため、資金調達の確度、自己資金による代替、社内承認の時期を契約前に確認します。
自己勘定で取得する実務では、買付条件を後から安易に変えないことが信用につながります。融資を条件にしない方針であれば、価格提示前に資金面を固める必要があります。
決済までの売主義務を確認する
契約締結から決済までに時間がある場合、その間に物件価値が変わらないよう売主の行為を管理します。
A|通常運営義務
- 通常の方法で物件を管理する
- 必要な修繕・点検を継続する
- 保険を維持する
- テナント対応を継続する
- 重大事故・行政指摘を通知する
B|買主承諾事項
- 新規賃貸借
- 賃料減額・フリーレント
- 解約・合意退去
- 大規模修繕
- 新たな担保設定
- 重要契約の締結・変更・解除
契約から決済までに長期のフリーレントや低賃料契約を締結されると、取得収支が変わります。承諾が必要な行為と、通常運営として売主が単独で行える行為を分けます。
C|情報提供義務
契約後に新たな事実が判明した場合の通知義務を定めます。
- テナント解約通知
- 滞納・倒産
- 建物事故
- 行政・消防の指摘
- 近隣紛争
- 訴訟・クレーム
決済直前に知っていれば判断が変わる情報を対象にします。
表明保証を確認する
表明保証は、一定の時点における事実が真実・正確であることを当事者が表明し、保証する条項です。
A|取得側が確認する項目
- 売主が適法に存在し、契約締結権限を有する
- 売主が物件の所有権を有する
- 開示されたもの以外に担保・使用権等がない
- 賃貸借契約一覧が正確である
- 未開示の滞納・賃料減免・解約通知がない
- 未開示の訴訟・紛争・行政指摘がない
- 提供資料に重大な虚偽・欠落がない
- 反社会的勢力との関係がない
B|表明保証の時点
- 契約締結時
- 決済時
- 契約締結時と決済時の両方
契約締結時には正しかった事実が、決済までに変わる可能性があります。どの時点で正確である必要があるかを確認します。
C|重要性と認識限定
売主から、次の限定を求められることがあります。
- 「重大な」違反に限る
- 「売主の知る限り」に限る
- 一定金額以上に限る
- 開示資料に記載された事項を除く
限定が広すぎると表明保証が機能しません。一方、売主が把握できない事実まで無限定に保証させると、合意が難しくなります。
誰の認識を基準にするか、調査義務を含むか、開示資料との優先関係を確認します。
契約不適合責任を確認する
引き渡された目的物が、種類・品質・数量に関して契約内容に適合しない場合、民法上、買主には追完請求、代金減額請求、損害賠償、解除等が問題になります。
ただし、当事者間の契約で責任の範囲・期間・請求方法を調整することがあります。
A|何が契約内容か
契約不適合責任を考える前に、何を契約内容としたかを確認します。
- 売買対象
- 面積・境界
- 建物・設備の状態
- 法令適合性
- 賃貸借契約
- 土壌・アスベスト・埋設物
- 付帯設備表・物件状況報告書
- 現状有姿の範囲
契約内容が曖昧であれば、何をもって不適合とするかも曖昧になります。
B|免責を受け入れる場合
築古の事業用不動産やプロ間取引では、売主から契約不適合責任の全部または一部免責を求められることがあります。
免責を受け入れること自体が直ちに不合理というわけではありません。ただし、取得側は次の順で判断します。
①DDで確認できる範囲を広げる
②確認できない事項を明示する
③修繕・是正費と予備費を収支へ入れる
④取得判断を壊す事項だけ表明保証・前提条件で残す
⑤免責後も売主が責任を負う事項を明確にする
民法上、売主が契約内容に適合しないことを知りながら買主へ告げなかった事実等については、免責特約があっても責任を免れないとされる場合があります。
C|宅建業者が売主の場合
売主が宅地建物取引業者で、買主が宅地建物取引業者ではない場合には、宅地建物取引業法による制限があります。
目的物の契約不適合について、民法より買主に不利な特約は原則として無効となり、通知期間を引渡しから2年以上とする特約等には例外があります。当事者の属性を確認して契約を検討します。
補償条項を確認する
補償条項は、表明保証違反や特定の事由によって相手方に損害等が生じた場合の負担を定めます。
A|補償対象
- 表明保証違反
- 契約上の義務違反
- 決済日前の原因による債務
- 未払税金・未払工事費
- 未開示のテナント請求
- 特定の係争・行政対応
B|補償範囲
- 直接損害
- 弁護士・専門家費用
- 第三者請求
- 逸失利益
- 間接損害・特別損害
損害の範囲が広すぎても狭すぎても争いになります。
C|期間と上限
- 請求可能期間
- 免責金額
- バスケット方式
- 補償上限
- 特定事項の別枠
すべての違反を同じ上限・期間にせず、所有権、税務、環境、賃貸借等の重要度に応じて分けることがあります。
解除条件を確認する
A|債務不履行解除
一方当事者が契約に違反した場合の解除です。
- 催告が必要か
- 是正期間は何日か
- 無催告解除ができる事由
- 軽微な違反を除くか
- 違約金・損害賠償との関係
民法上の原則だけでなく、契約条項を確認します。
B|前提条件不成就
前提条件が満たされなかった場合に、決済義務が生じないのか、解除できるのか、期限を延長するのかを確認します。
- どちらの責任でもない場合
- 一方当事者が成就を妨げた場合
- 一部だけ未成就の場合
- 放棄できる条件か
C|重大な変化
契約から決済までに、物件や収益へ重大な変化が起きた場合の扱いです。
- 建物の毀損
- 災害
- 主要テナントの退去・倒産
- 行政処分
- 収用・都市計画
- 重大な法令違反の判明
「重大」の基準が曖昧すぎると判断が難しくなります。取得判断へ影響する具体的な事象を検討します。
違約金・損害賠償を確認する
A|違約金
- 売買代金に対する割合
- 手付金との関係
- 実損の立証が必要か
- 超過損害を請求できるか
- 双方同額か
B|損害賠償
- 賠償範囲
- 上限
- 帰責事由
- 免責事由
- 第三者請求の対応
C|契約の出口を比較する
契約終了時の処理を混同しないよう整理します。
| 終了方法 | 主な場面 | 金銭処理の確認 |
|---|---|---|
| 手付解除 | 履行着手前の任意解除 | 手付放棄・倍返し等 |
| 債務不履行解除 | 契約違反 | 違約金・損害賠償 |
| 前提条件不成就 | 決済条件が整わない | 手付返還・費用負担 |
| 協議解除 | 双方合意 | 清算内容を合意書化 |
| 不可抗力等 | 災害・重大毀損等 | 危険負担・原状回復・解除 |
取得担当者の契約確認手順
A|買付条件を基準にする
価格、決済時期、現況有姿、契約不適合責任、融資条件等について、買付時の前提から変わっていないかを確認します。
買付後に理由なく条件を増やすと、売主・仲介との信用を損ないます。一方、DDで新たに判明した事実まで無条件で引き受ける必要はありません。
「当初から織り込んでいたリスク」と「DDで初めて判明したリスク」を分けます。
B|論点表を作る
| 論点 | 事実 | 収支・運用への影響 | 希望する契約処理 | 譲歩可能範囲 |
|---|---|---|---|---|
| 例:未是正指摘 | 是正期限未定 | 工事費・営業影響 | 決済前是正 | 費用留保でも可 |
| 例:低賃料テナント | 普通借家 | 改善時期不明 | 正確な契約開示 | 現況継続で評価 |
| 例:屋上設備 | 所有者不明 | 撤去費の可能性 | 売主確認・補償 | 価格内で負担 |
法務担当者へ契約書だけを渡すのではなく、取得判断への影響と希望する処理を共有します。
C|優先順位を三段階に分ける
- 必須:受け入れられなければ取得しない
- 重要:価格・別条項との組合せで調整可能
- 軽微:文言調整に固執しない
条文数ではなく、取得後の損失額と発生確率で優先順位を付けます。
D|最終版と収支を照合する
契約交渉で条件が変わったら、必ず収支へ戻します。
- 是正が売主対応から買主対応へ変わった
- 敷金精算額が変わった
- 決済日が延びた
- テナント退去が判明した
- 契約不適合責任が免責になった
契約書だけ承認し、収支モデルが古いままにならないようにします。
契約条件の判断例
築古の店舗・事務所ビルについて、売主から契約不適合責任の全面免責を求められたとします。
DDでは、設備の経年劣化、検査済証の未確認、普通借家の低賃料テナントが判明しています。
この場合、取得側の対応は次のように分けられます。
| 論点 | 処理 |
|---|---|
| 設備の経年劣化 | 修繕費・予備費を価格と収支へ反映して引受け |
| 検査済証未確認 | 行政資料と現況調査を実施。重大な未開示事項は表明保証対象 |
| 低賃料テナント | 現行賃料が続く前提で評価。入替えはアップサイド扱い |
| 未開示の賃料減免・解約通知 | 賃貸借一覧の正確性を表明保証対象 |
| 決済前の新規低賃料契約 | 買主の事前承諾事項 |
全面免責を拒否するか受け入れるかだけでなく、リスクごとに別の方法で処理します。
よくある見落とし
- DD指摘事項を契約条項へ対応させていない
- 売買対象に未登記部分・設備・契約が含まれていない
- 敷金返還債務と精算金が一致していない
- 表明保証と契約不適合責任を同じものとして扱う
- 表明保証の時点・認識限定・開示例外を確認しない
- 免責条項だけを見て、契約内容自体を定義していない
- 決済までの新規賃貸借を売主が自由に締結できる
- 解除できる場合でも、手付・違約金・費用処理が不明
- 融資特約なしで契約するのに資金確度を確認していない
- 契約交渉後に収支を更新していない
まとめ
不動産売買契約は、DDの結果をリスク分担へ変換する設計図です。
すべてのリスクを売主へ負わせることが目的ではありません。決済前に解消するもの、事実を保証させるもの、発生時に補償させるもの、価格で引き受けるもの、取得を中止するものに分けます。
取得担当者は、法務担当者へ契約書の確認を依頼するだけでなく、取得判断を壊す条件、譲歩できる条件、収支へ織り込んだ条件を説明する必要があります。
参考資料
※具体的な契約条項の効力、責任範囲、解除・損害賠償の可否は、当事者の属性、物件、契約内容、事実関係等によって異なります。個別案件では弁護士、司法書士、税理士等へ確認してください。

