不動産取得のDDでは、建物や設備の状態を確認するためにERを取得することがあります。
ERとは、Engineering Report(エンジニアリング・レポート)の略です。建築士や技術者等が、建物に内在する物理的なリスクを調査・評価した報告書を指します。
ERには、建物・設備の劣化、遵法性、修繕更新費、再調達価格、地震リスク、環境リスクなどがまとめられます。
ただし、ERがあれば建物リスクがすべて判明するわけではありません。調査範囲、資料の有無、現地で確認できた範囲、専門調査の要否によって、結論には限界があります。
取得が仕事である営業でもERを読めることは必要です。ほとんどの人はあまり深くタッチしませんが、将来的に仲介をする場合やファンド物件を触りたいというひとは理解しておいたほうがよいでしょう。ポイントは、ERで、発見された問題が、価格、契約条件、取得後の工事、テナント運営、保有期間中の収支へどう影響するかを判断することです。
前段のDD全体像は「不動産DDとは?取得前に確認する法務・建物・収支の全体像」で整理しています。
ERの役割
不動産DDは、一般に法的調査、経済的調査、物理的調査に分けられます。ERは、このうち物理的調査をまとめる報告書です。
主な役割は次のとおりです。
①建物・設備の現況を把握する
②修繕・更新に必要な費用を見積もる
③法令・耐震・環境等のリスクを整理する
④鑑定評価、収支、融資、保険等の判断材料にする
⑤取得後の修繕計画へ引き継ぐ
ERの結論は、取得可否を自動的に決めるものではありません。対象物件の取得シナリオと照らして判断します。
最初に調査条件を確認する
ERを読むときは、指摘事項より先に調査条件を確認します。
A|調査時点
- 現地調査日はいつか
- 報告書の発行日はいつか
- 調査後に工事や事故がないか
- 売買時点までに状況が変わっていないか
過去に作成されたERを利用する場合は、現在も有効な情報かを確認します。
B|調査範囲
- 敷地全体を確認したか
- 全貸室へ入室したか
- 屋上、機械室、受変電設備等を確認したか
- テナント所有設備を対象に含むか
- 土壌、アスベスト、耐震等を含むか
「調査済み」と「調査対象外」を明確に分けます。
C|調査方法
一般的なERは、資料確認、関係者へのヒアリング、目視を中心とすることがあります。
- 非破壊・目視調査か
- 機器を使用した調査か
- サンプリングや分析を行ったか
- 隠蔽部を確認したか
- 専門調査を別途実施したか
目視だけでは、壁内、地中、配管内部、構造体内部などを確認できない場合があります。
D|依拠資料
- 確認済証・検査済証
- 竣工図・設備図
- 修繕履歴
- 定期調査・検査報告書
- 消防設備点検結果
- 建物管理記録
- 過去の調査報告書
資料が不足していると、現況との照合や遵法性の確認が限定されます。
建物状況調査を読む
A|構造・外装
- 構造体のひび割れ、変形、劣化の兆候
- 外壁のひび、浮き、剥離の兆候
- シーリングの劣化
- 鉄部の腐食
- 建具やガラスの状態
目視で兆候が確認された場合、範囲や原因を確定するために追加調査が必要になることがあります。
B|屋上・防水
- 防水層の膨れ、破断、摩耗
- 排水口や雨樋の状態
- 屋上設備の設置状況
- 漏水履歴
- 改修時期
防水の劣化は、貸室への漏水、テナント補償、内装復旧へ波及する可能性があります。
C|内装・共用部
- エントランス、廊下、階段
- 壁、床、天井
- 共用トイレ、給湯室
- 避難経路
- バリアフリー対応
- 清掃・管理状態
機能上の問題と、商品性・リーシング上の問題を分けて整理します。
設備調査を読む
設備は、故障すると費用だけでなく、建物利用やテナント営業へ影響します。
A|電気設備
- 受変電設備
- 幹線・分電盤
- 非常用電源
- 照明設備
- 契約電力と容量
将来のテナント用途や増床・増設計画に対して、容量が足りるかも確認します。
B|空調・換気設備
- 中央方式か個別方式か
- 機器の設置年・更新履歴
- 冷暖房能力
- テナント別の運転・課金
- 排気・換気経路
飲食店やサービス店舗を誘致する場合は、一般的な事務所利用とは異なる設備条件が必要です。
C|給排水・衛生設備
- 給水方式
- 受水槽・高置水槽
- 排水管
- ポンプ
- トイレ・給湯
- 漏水・詰まりの履歴
古い配管は、見た目では状態を判断しにくい場合があります。漏水履歴や更新範囲も確認します。
D|昇降機・消防設備
- エレベーターの仕様、保守、更新時期
- 消防用設備等の点検結果
- 防火設備
- 非常照明、排煙設備
- 指摘事項と是正状況
設備が設置されていることだけでなく、点検、報告、是正が行われているかを確認します。
遵法性を確認する
ERでは、建築・設備に関する遵法性の確認が重要です。
A|新築時の手続
- 建築確認
- 検査済証
- 竣工図
- 当初の用途・規模
検査済証が確認できない場合、直ちに違法建築物と断定するものではありませんが、適法性や融資、改修、売却への影響を追加確認します。
B|増改築・用途変更
- 増築部分
- 間仕切り変更
- 階段・避難経路の変更
- テナント工事
- 用途変更
- 屋上・外部設備の増設
図面と現況が異なる場合、いつ、誰が、どのような手続で変更したかを確認します。
C|定期報告と点検
対象建築物・設備では、法令や自治体の指定に応じて定期的な調査・検査・報告が必要になる場合があります。
- 建築物の定期調査
- 建築設備の定期検査
- 防火設備の定期検査
- 昇降機等の定期検査
- 消防用設備等の点検
対象範囲や周期は、用途、規模、地域等で異なります。報告書の有無だけでなく、指摘事項が是正済みか、いつまでに是正をおこなう/完了させるのか(予定)を確認します。実務的にはいつまでに、(だれが)どこまでやるのか、ということが大事です。やらないならやらないとはっきりさせることも重要です。
修繕更新費を読む
ERでは、建物・設備の修繕や更新に必要な費用が示されることがあります。実際の数字とは異なりますが、実務的には根拠となる(依拠する)数字があることが大事なので簡易的にはこれを使いますし、厳密性が求められる際には、業者へのヒアリング、場合によっては概算でも見積りまで取得することもあります。
A|緊急・短期の費用
- 安全性に関わる不具合
- 漏水や設備故障
- 法令上の指摘
- 放置すると被害が拡大する劣化
取得直後に必要な費用は、取得価格と別に資金を確保します。
B|中長期の費用
- 屋上防水
- 外壁改修
- 空調更新
- 給排水設備更新
- 受変電設備更新
- エレベーター更新/改修
工事項目、実施時期、金額が、保有期間と重なるかを確認します。
C|金額の前提
- 調査時点の単価か
- 工事範囲はどこまでか
- 仮設・設計・監理費を含むか
- テナント営業中の施工条件を含むか
- 消費税や予備費を含むか
ERの概算額を、そのまま発注金額として扱うことはできません。取得判断用の概算と、実施工事の見積りを分けます。
D|収支への反映
修繕更新費は、少なくとも次へ反映します。
①取得直後の追加投資
②保有期間中のキャッシュフロー
③NOI・評価上の修繕費
④売却時の残存リスク
平均額へならすだけでなく、実際に支出が集中する時期を確認します。
再調達価格を確認する
再調達価格は、対象建物と同等の建物を現時点で再建築すると仮定した場合の費用を示す指標です。
主に次の場面で参照されます。
- 建物価値の検討
- 保険金額の検討
- 地震リスク評価
- 鑑定評価
再調達価格は売買価格や帳簿価格と同じではありません。算定方法、含まれる費用、価格時点を確認します。
地震リスクを確認する
ERでは、耐震性や地震リスクが評価されることがあります。
A|耐震基準と耐震診断
- 建築時期
- 適用された耐震基準
- 耐震診断の有無
- 耐震改修の有無
- 構造上の特徴
建築年だけで安全性を断定せず、図面、診断、改修履歴等を確認します。
B|PML
PML(Probable Maximum Loss/予想最大損失率)は、想定する地震に対して、建物にどの程度の損失が生じる可能性があるかを表す指標です。
一般に損失額を再調達価格で割った比率として示されますが、想定地震、確率、評価方法等は報告書ごとに確認します。
PMLの数値だけで判断せず、構造、立地、事業中断、復旧期間、保険、融資条件と合わせて評価します。
環境リスクを確認する
A|アスベスト等
- 使用可能性のある建材
- 設計図書・分析結果
- 改修・解体時の影響
- 維持管理上の注意点
目視や築年だけで含有を確定できない場合は、必要に応じて専門調査を行います。
B|PCB・フロン等
- 対象機器の有無
- 保管・届出・処分状況
- 更新計画
設備の型式、製造時期、管理記録等を確認します。
C|土壌・地下
- 過去の土地利用
- 有害物質使用の可能性
- 土壌調査履歴
- 地下タンク・埋設物
- 油漏れ等の履歴
ERの調査範囲に土壌環境が含まれない場合は、別途調査の要否を判断します。
指摘事項を取得判断へ反映する
A|直ちに対応が必要なもの
- 安全性に関わる事項
- 法令上の重大な問題
- テナント営業へ影響する不具合
- 被害拡大のおそれがある劣化
決済前の是正、価格調整、契約条件、見送りを検討します。
B|取得後に計画対応できるもの
- 中長期修繕
- 商品性向上の改修
- 設備更新
- 省エネ化
予算、担当、実施時期を取得後計画へ入れます。
C|追加調査が必要なもの
- 原因不明のひび割れ・漏水
- 隠蔽部や地中の問題
- 図面と現況の不一致
- 有害物質の可能性
- 耐震性の懸念
不明を「問題なし」と扱わず、追加調査の費用と期間を判断します。
ERを読むときの注意点
- ERは調査範囲内の報告書であり、建物全体の保証書ではない
- 目視調査では確認できない部分がある
- 資料不足が結論へ影響する
- 概算修繕費と実際の工事見積りは異なる
- 指摘の重要度は取得シナリオで変わる
- 調査後の変化を確認する必要がある
- 報告書の留保、免責、調査対象外を読む
まとめ
ERは、建物に内在する物理的なリスクを整理する報告書です。
建物状況、設備、遵法性、修繕更新費、再調達価格、地震・環境リスクを確認し、価格、契約条件、取得後の工事、保有期間中の収支へ反映します。
特に重要なのは、報告書の指摘件数ではありません。
調査範囲と限界を確認し、取得シナリオを崩す問題、決済前に解決する問題、取得後に対応できる問題、追加調査が必要な問題へ分けることです。
次は、ERや法令資料を使い、建物の遵法性を確認する具体的な方法を整理します。
→ [既存建物の遵法性確認|検査済証・増改築・用途変更の見方](/existing-building-compliance/)


